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天使のおはなし

天使のおはなし

いめか長女  天使の階段

2003年2月 午前7時42分 長女誕生
(予定日 3月15日)

体重2780グラム 身長48センチ 

分娩所要時間 4時間15分

★妊娠 逆子を経て★
2002年7月29日産科にて妊娠確定。
計画的に(?)二児を妊娠しました。
上の子が男の子なので、希望は女の子。(こればっかりは、希望してもどうにもならないですが。)
2002年10月9日胎動を初めて感じ、妊娠を実感。
妊娠経過はそこそこ順調でした。軽いつわりと、むくみと、頭痛と、股関節の痛みや腰痛と、貧血などの症状はありましたが、 病的な程ではなくすみました。
ただ、8ヶ月になっても逆子で、ウテメリン内服のうえ逆子体操を試み、9ヶ月にはいってやっとなおりました。体操は、動悸もあってしんどくてほとんどしなかったので、自然に逆子がなおったんだな・・・。
お腹も張ってしんどかったので、ちょっと早めですが産休はその頃からとりました。
2003年1月21日おそらく女の子だろうと産科にて言われ、2月4日には確実に女の子だとのこと。

★里帰り★
住んでいるところには産科がなく、隣の市まで行かないといけないので、産科が近くにある実家へ長男の時と同様に里帰りと決めていました。
9ヶ月半ばでわたしの実家の雪国へ里帰りをしました。
母に甘えてのほほんと妊婦生活をーっと思っていたのに、実際はそうもいきませんでした。母に腰痛がでたり、母の趣味の習字が忙しかったり、わたしが実家にいる間にと友達に誘われて母が温泉旅行したり。入院している祖母の世話も姪の世話も母がしてたので、なんとなく母の助っ人はあんまり期待できないな~と思ってはいたのですが、股関節の痛みがひどく、足をつけないくらいだったので、さすがに臨月はちょっとつらかったです。

★陣痛 いめかパパの立会い出産★
母は腰痛がピークになり、今陣痛がきても私や子供の世話ができる状態ではなくなってしまいました。他に世話してくれる人もいないし、どうしようかと困っていました。
その頃、”もうお腹大きくなってめいいっぱい~!”というわたしの声に、立会いできるかと淡い期待を抱いて、2003年2月27日夕方、いめかパパが里帰り先に来てくれました。
予定日は3月15日だったし、その日の産科の検診でも”まだ生まれるまで秒読みじゃないよ”なんて言われてました。
でもわたしは、こんなに早く産んでしまいたい気持ちで一杯だし、あかちゃんも結構さがってきてるように思えたので、”え~!もう産んでもいい感じがします”、と産科の先生に言ってました。
その日の助産婦のカウンセリングでは、”お腹のあかちゃんはママの気持ちがちゃんとわかっていて、ママが生まれてきてほしいと思ったときにタイミングよく生まれてきてくれるのよ”って話してくれました。
そして28日3時半ころから陣痛らしいお腹の張りはでてきました。でも、診察でも言われたし、まだまだ生まれるはずないと思い様子をみることに。
そうしたら、4時頃には出血が・・・・。これは子宮口が開いたからかしら?!とびっくり。陣痛らしき張りも10分感覚になりました。
4時39分産科へ電話。
長男の時と同じく、いめかパパを待っていたかのようなすごいタイミングの良さ。いめかパパに”血が・・・”と言うと、すべてを悟ったように慌てもせず身支度を始めました。
5時頃から陣痛5分間隔くらいになったころ、パパと長男と母と姪と私で産科へ向かっているところでした。
産科へ到着してみたら分娩室には初産の先客が”痛い!”とものすごい叫び声・・・。姪もいたので、将来トラウマにならないかと不安に・・・。(後で姪は、痛いなら結婚して子供産まない!と言ってました。)
分娩室は空きそうもなく、陣痛室で6時半過ぎころ子宮口7センチ開き、陣痛も強くなってきました。陣痛が来たときのいめかパパの腰のさすり方は、とても上手でした。(いつどこで習ったの?!)ポイントついてて、とっても楽に乗り切れましたよ。ありがと!パパ!
7時過ぎると、本格的にいきみを試み、そのまま陣痛室でみんなに応援され見守られ、いめかパパも”頭がでてきたよ。もう一息がんばって。”と。
そーして、7時42分無事めでたく長女出産。
首にへその緒が二回転していて、回旋しにくく途中で回りきらなくなってしまい、心拍数も一時的に低下してしまっていたけれど、へその緒はあんがい長めだったので、外し易くたすかりました。
へその緒はわたしが切りました。
泣き方はか細かったけど、感動の瞬間でした。
”よかった~”とわたしは一言・・・。
とってもぽかぽかと暖かい、冬とは思えないほどの良い天気でした。

★入院生活★
その産院は、人気があるところで綺麗なたてものです。待合ロビーには自動演奏のグランドピアのがあります。プレイスペースもあって、子連れでも待ち時間をつぶせます。長男と同じ産院です。ダブルベットで全室個室、冷蔵庫・バス・トイレつきなので、面会や子供がいても気兼ねしないことと、いめかパパがきても泊まれるという利点があります。
このときは特室になりました。普通の個室の部屋にキッチンがついて、さらに4畳ほどの畳の部屋がついています。
いめかパパは、3月2日の朝までそこに泊まってくれました。
母の腰痛はきびしく、長男も一緒に泊まって、家族水入らずでした。
でも、産後すぐに10キロ以上ある夜泣きする長男を世話しながら、30分毎に泣く生まれたての長女の面倒もみるというのは、ちょっとだけ大変でしたよ。ただ、幸せのほうがかなり上回っててぜんぜん平気でしたけどね。
産後5日目が退院の日でわたしはめでたく順調に退院できたのですが、長女は黄疸のため光線治療を受けることになって、退院は生後6日目になりました。(参考文献 新生児黄疸についてのページhttp://www.kusuriyasan.org/kodomonobyouki/sinseijioudan.htm)
ちょっとだけ、斜視(参考文献 http://www.oita-med.ac.jp/ganka/byoki%20folder/03.html)と眼腱下垂らしいの(参考文献 http://www.yomiuri.co.jp/iryou/soudan/20001023sr22.htm)が気になります。

★お七夜★
名前はいめか母がいくつか候補を挙げ、いめかとパパで、画数がよく、難しくなく、書きやすく、呼びやすい、かわいい名前に決めました。
命名式はしませんでした。後日、習字の先生にそれようの紙に命名した名前などを書いてもらい、床の間にかざったりしました。

★一ヶ月検診★

体重 3590グラム 身長 53センチ

黄疸っぽかったですが病的ではなく、母子ともに異常なしで検診は終わりました。


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